若竹七海 『船上にて』
たぶん、それは私が本来 <作家> というよりも <生活者> だからなのだろう。
( 『船上にて』 あとがき )
若竹七海さんにサインを頂いたあの日、僕は運命的とも言える衝撃を受けた。
初めて会った若竹七海さん、当時僕はまだ若竹さんの作品を読んだことが無く、
失礼ながらミーハーな気持ちでサインをおねだりしてしまいました。
しかし、二言三言、会話とも言えない言葉を交わしたその瞬間、
直感的に 「この人の小説、好きだ」 と理解してしまいました。
そしてその直感は見事的中し、現在、若竹さんの本を読み漁る日々が続いています。
若竹七海さんは人間的魅力に溢れた人で、僕はその魅力に強く引き付けられました。
そして、その魅力はどこから来ていたのかなあ?と不思議に思っていたのですが、
謎は解けました。
若竹七海さんは生活を愛している。
生活することが好きな人だから、僕は若竹七海さんを無条件で好きになったのでしょう。
上記 『船上にて』 のあとがきを読み、自分がどうして若竹さんを好むのかハッキリわかりました。
今日は僕が俄かファンになった 若竹七海さんの 『船上にて』 を紹介いたします。
- 若竹 七海
- 船上にて
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日常の中に潜む殺意と意外な結末!
“ナポレオン3歳の時の頭蓋骨”がなくなり、ダイヤモンドの原石も盗まれた。意外な盲点とは――表題作「船上にて」。屋上から突き落とされたOLのダイイングメッセージの皮肉を描いた「優しい水」。5人が順繰りに出した手紙の謎に迫る「かさねことのは」など8編を収録。著者自らが選んだミステリー傑作短編集。
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若竹七海さんの小説をいくつか読み、その構成のおもしろさから、
短編や連作短篇集に真価を発揮する作家さんなのかもしれない、と思いました。
まだ読んでいないだけで、長編の方に優れた作品が多いのかもしれませんが、
どちらにせよ、若竹さんは短編の命 <構成美> を持つ作家さんであることは確か。
今回の 『船上にて』 は 『スクランブル』 とは異なり、純粋な短編集です。
一人称でかかれたもの、人物の心情を事細かに描いたもの、本格味あるもの、海外風のもの、
とにかく色彩に富んだ虹色の短編集だったように思えます。
共通している点があるとすれば、サプライズエンドが達成されている点ではないでしょうか。
各話意外な結末が用意されており、読み終えたあと、タイトルを振り返り、
なるほどお、と思わずつぶやくこと間違い無しです。
《読後感想文》
時間
一行目、主人公の名前 <静馬> に反応。青沼なのかー!?と期待するも、川村と明記;
過去になってしまった女性にまつわる謎を、もみの木に支えられながら紐解くミステリ。
今まで読んだ若竹さんの話の中で、一番情景が色鮮やかに感じられた作品でした。
謎についても、心に突き刺さるような感じがして、僕にとっては良いミステリに感じました。
タッチアウト
想像力をかきたてるタイトルとキレのあるラストが話全体を見事にまとめている、
まるでBLTサンドのような、しっかりとした短編ミステリ。
話の性質と関わるため、詳しく書くことはできませんが、この話や手法は好きです。
why や who や how といった疑問詞が全て吹き飛び、
読者に別な視点を与えてくれるラスト一行にやられました!
優しい水
ブラックユーモアという言葉が嫌味なく適用される話だと思います。
二重三重の意味でタイトルの言葉が痛切に響く話でした。
しかし、この話、推理小説として読めばブラックユーモアでニヤリとしますが、
実際に起こったとしたら、三日間は寝込んでしまいそうな恐ろしさがありました;
手紙嫌い
これもラスト一行が効いた話です。まるでローストビーフにのったホースラディッシュのよう。
どういう謎があるんだろう?と興味をかきたてられ、あれこれ想像し、
そして結末に至った瞬間、読者は必ずツンとした辛さを感じるでしょう。
このような終り方、人によっては苦味を感じると言うかもしれませんが、
僕は思わず眉をひそめてしまうワサビのような刺激を感じました。
黒い水滴
『船上にて』 最高傑作。今まで読んだ若竹さんの作品に見られる点として、
人物や心情の描写がさっぱりとしている点があります。
『黒い水滴』 でもやはりサッパリとしているのですが、その中に深い心の動きを感じます。
一番感情移入してしまった話で、最後の辺りでは冷や汗さえ出ました;
ホラー染みた雰囲気も出ていて良かったかと思います。
てるてる坊主
二番目に好きだった話です。これも題名と結末とが奇妙に合致した作品。
そしてユーモラスとも言える犯行情景、しかしそれはとても残酷なもの。
想像力のある読者ならユーモアの真の意味を理解できる話かと思います。
ユーモアの説明をするとき、"優しい水" とこの話を例に出そうかな、とか思っちゃいました。
かさねことのは
本格味溢れる作品。手紙に書かれたことから状況を分析し、正しい情報を信じる。
そのように読めば必ず結論は導きだされるのでしょうが、僕は見事に外れました。
自分の想像していた事件の姿と、実際にあった事件の姿の差に驚きます。
そうきたかー!という気持ちにさせてくれる本格推理小説好きです。
船上にて
全体のタイトルとして選ばれた作品、それだけあって、しっかりとした話になっています。
舞台は20世紀の豪華客船、ある老紳士と主人公とが夕食を取っていると、
その老紳士の甥がやってきて、『ナポレオン三歳の時の頭蓋骨』 を購入したと言う。
話の端々にあがる The Four Million、事件、結末、とてもしっかりした短編でした!
かねてより 「謎は解け切らない方がゾクゾクする」 と公言して止まない会長Pですが、
( ミス研会長として問題発言だと自覚しております;スミマセン;でもソッチのが好きなんです; )
本書の謎は解け切らないものが多い!
( ここで言う 「解け切る」 とはクイーンが目指した100%解等のことを差します。 )
読み手の解釈にまかせる、までは行かないけれど、
1+1=2といった数理系ロジックを好む人には向かない小説だといえます。
多くは語らない若竹さんの作風に関係しているのかもしれませんね。
短編、構成の美しさ、若竹七海さんが好きな方、絶対に買いです。
しかし、Amazonの紹介文にある言葉 『日常の謎』・・・
『船上にて』 の謎は異常なので、日常に潜む謎じゃない気がするなあ;