ポール・オールスター 『ムーン・パレス』 | Pの食卓

ポール・オールスター 『ムーン・パレス』

    「太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である」

                              (テスラの格言:『ムーン・パレス』)


かつてシラノが旅行し、ジュール・ヴェルヌが夢見た月世界。

月に手が届けさえすれば――

私たち人類はとかく月を夢見ていた。


しかし1969年、ニール・アームストロング船長の一歩により、

私たちの夢は無残にも踏みにじられ、汚され、そして完膚無きまでに破壊されてしまった。

月面着陸という人類最大の偉業の達成とともに、月という夢にはぽっかりと穴があいてしまった。


他の人はどう思うか知らないが、とにかく、私にはそう感じられた。

そして、月を思うとき、月の表面につけられたあのいびつな丸い足跡が、

それこそ悪夢のように付きまとい、純粋な夢を見ることができなくなってしまった。


それだけ月に対する想いは強く、それゆえに月を扱う本には過大な期待を持ってしまうのでした。


本日紹介させていただきますは、ポール・オースター 『ムーン・パレス』


ポール・オースター, 柴田 元幸, Paul Auster
ムーン・パレス

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人類がはじめて月を歩いた春だった。父を知らず、母とも死別した僕は、唯一の血縁だった伯父を失う。彼は僕と世界を結ぶ絆だった。僕は絶望のあまり、人生を放棄しはじめた。やがて生活費も尽き、餓死寸前のところを友人に救われた。体力が回復すると、僕は奇妙な仕事を見つけた。その依頼を遂行するうちに、偶然にも僕は自らの家系の謎にたどりついた…。深い余韻が胸に残る絶品の青春小説。

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この小説にはあらゆる種類の喪失が切々たる痛みを伴う文体で描かれている。

それはくどくどしいものでも、お涙頂戴的なものでも、扇情的なものでもなく、

ただ淡々と喪失の美醜が描かれています。


喪失の美と一言で片付けることは、この小説に描かれているものの壮大さから考えると難しい。

「清貧洗うが如く」という故事成語が語りかけるように、

何も無いというのは洗ったように清らかなもの、つまり喪失はそのような清浄感が付きまとうものでもある。

しかし、この小説で描かれている喪失はそういった形ばかりのものではない。


人格の喪失、尊厳の喪失、過去の喪失・・・

偶然のような必然に導かれ、ときおり喪失により何かを得ることができるが、

それでもやはりそれは喪失への序曲にしか過ぎない。


まさに喪失の小説と言っても過言ではないと思う。


表紙の美しさから、月の美を期待してしまうと少々物足りないかと思う。

それよりも、小説裏(上記)のアマゾンの紹介文を読み、少しでも気を惹かれるものがあったら、

迷わず購入してみるのもいいかもしれません。


多くの人にとって大事な一冊となる可能性を秘めた、実に魅力的な本でした。